わたしはおとなになって


昨年は「いじめ」に関する事件が連続して起きて
TVでも「いじめ」をテーマにしたいろんな番組が放送されていた。


「いじめ」といえば、わたしは自分の10代の頃を思い出さずにいられない。
わたしは「いじめた」経験も「いじめられた」経験もある。
でもいじめたことの方が多かった。
その頃のことを思い出すと、今でも胸の奥あたりがシクシク痛い。
何年経っても、きっと死ぬまで忘れられないと思う。


思春期を迎えた子どもは、多くの場合、事の善悪は判断できていると思う。
けれどその判断に従って行動できる力を単体で持っているかというと
個人差はあるけれど、きっとかなり難しい。
子ども自身の目に見える範囲の世界はとてもせまくて、
憎悪とか嫉妬とか恐怖とか不安とか、自分でもどう扱えばいいのか分からない
感情を抱いたまま、せまい世界で生きていかざるを得ない。
そしてその世界を生き延びようと、わたしはあの時「いじめる」側に立った。


そんなわたしを真剣に粘り強く怒ってくれる人たちがいて、
わたしはやっといじめるのを止めた。自分で自分をほんまにヤバイと思った。
やってしまったことは決して取り返しがつかないけれど、
周囲が本気で力を貸してくれれば、子どもは変わることができる。
それは自分自身の体験が証明したと思っている。

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「いじめられた」方の話。
わたしのことで、きょうだいにも被害が及んでしまった記憶。
「わたしのきょうだいとゆーだけで、あんた目をつけられてたよね。
すまんかったね〜」と、こないだの正月休みに話してみると
「あんなん、全然なんともなかったよ」と答えるきょうだい。
昔のことなのに、今さらながら少しだけ救われた気がした。


でも本当は「なんともなかった」わけがない。
少しの傷も負わなかったはずなどない。
おとなになった自分が、それを理解できるようになったことが
わたしにとって本当の救いだと思う。


★本日のBGM:Sweet Days(Blanky Jet City)