震災の日


昨日、阪神淡路大震災から14年目の日。
仕事の縁で、初めて震災イベントに参加した。
被災を経験した方々から、当時の壮絶な体験を聞いた。
新潟県刈羽村の方ともお会いして話を聞くことができた。


話を聞きながら、わたしの中に湧き上がってくる記憶は
あの日、自衛隊と共に神戸から歩いて避難してきた友人のことだ。
彼女は大阪に住んでいたわたしの家に泊まった。
どんなことにも負けない彼女が、「あの揺れが身体に染み付いて眠れない」
と泣いていた。そんな彼女をおいて、わたしは日々仕事に明け暮れていた。
当時まだ新人で、プレッシャーに押しつぶされそうだったわたしは
自分の仕事に追われるあまり、友人が受けた傷を顧みることすらできなかった。


被災者の方々の多くが、「大阪に出るとみんなが普通に暮らしていた」
ことへの違和感を口にされていた。
また当時被災を経験していない人たちからは「自分が当事者でないこと」
への複雑な思いを話していた。


あんなに近くに住んでいながら、一度のボランティアにも参加しなかった
わたしにとって、震災への当事者意識を強烈に感じる原点は
「たった一人の友人さえ助けられなかった」という自責の経験だ。
実際に被災を経験していなくても、両者がつながる糸口はきっとあるはずだと
自分自身の中途半端な体験を通して考える一日だった。


夜遅く仕事から戻って、今も神戸に住む友人にメールした。
今まで一度も謝ることができなかったけど
勇気を出して「あの時助けられなかったこと」を初めて謝った。
翌朝「泊めてもらって風呂に入れてもらったこと忘れてへんよ」と返信が。
何年たっても、「自分にとっての震災」を思い出すだろう。


★本日のBGM:なし